【高校野球】鳥栖工 1939年創立、原貢さん母校が初の甲子園/佐賀大会決勝

◆第105回全国高校野球選手権記念佐賀大会 ▽決勝 鳥栖工7―0神埼清明(25日・みどりの森県営)

 宮崎の決勝では、宮崎学園・河野伸一朗(2年)と、聖心ウルスラ学園・渡野弘翔(3年)の投げ合いとなり、延長10回タイブレークの末、宮崎学園が1―0でサヨナラ勝ち。春夏通じて初の甲子園出場を決めた。佐賀は、県立校同士の顔合わせとなった決勝で、鳥栖工が神埼清明を7―0で破り、春夏通じて初めての甲子園切符を勝ち取った。

甲子園出場を決め、歓喜する鳥栖工の選手たち

5回スクイズで先制 6回打者9人の攻撃で4点

 巨人・原辰徳監督の父で2014年に亡くなった原貢さんの母校・鳥栖工が、春夏通じて初の甲子園出場を手にした。

 決勝の相手は、同じく初の甲子園を狙う神埼清明だったが、鳥栖工は大一番で投打がかみ合った。5回に1死満塁から、2番の天本陽晴(2年)が投前にスクイズを決めて先制。6回に9番・松尾明芳(3年)の中越え2点二塁打など打者9人の攻撃で4点を追加し、9回にも2点を奪った。

 投手陣も「完封リレー」を達成。先発右腕の古沢蓮(3年)が6回を2安打無失点に抑えると、7回以降は1年生右腕の松延響が後を継ぎ、2人で相手打線を沈黙させた。

秋、春大苦戦も「成長してくれた」

 大坪慎一監督(47)は、直接指導などは受けていないが、貢さんの姿は目に焼き付いている。日体大時代に野球部でプレーしていた際、相手ベンチに陣取る東海大の貢さんの姿を見て、「オーラがすごい」と感じたという。

 その後に高校の指導者となった指揮官は、09年に伊万里農林を率いて、甲子園出場を果たす。鹿島を経て、4年前に鳥栖工へ異動した。バントなど細かいプレーの精度を高め、1939年創立の伝統校を聖地へと導いた。

 今回のチームは昨秋、今春とも県大会は初戦敗退だった。大坪監督は「選手たちは、心が折れそうだった中で成長してくれた。OBにもいい報告ができる」と満面の笑みを浮かべた。


最後の打者を三振に仕留め、駆け寄って喜ぶ松延兄弟

松延兄弟バッテリーで甲子園へ

 ○…鳥栖工は、打順4番で捕手の松延晶音(3年)と、右投手の響(1年)の兄弟バッテリーが甲子園切符をつかんだ。7回から登板した弟を兄が好リード。9回裏は2死一、二塁から直球で三振を奪ってゲームセットとなった。兄はウィニングボールを手にして真っ先にマウンドへ駆け寄り、弟と抱き合った。 晶音は「(決勝前夜に)自宅で攻め方を話し合い、直球で押していこうと決めた。優勝できてうれしい」と笑顔。響は「兄弟でバッテリーが組みたくて鳥栖工に入学した。甲子園でも兄が構えたミットへ向けて思い切り投げたい」と意欲をのぞかせた。

(2023/7/26紙面掲載)

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